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八王子の歴史・文化

古道を風が渡り、神社の鈴の音が今も静かに響く。八王子は、かつて甲州街道の宿場町として栄え、職人の技や信仰、芸能が息づいてきたまちです。
「八王子の歴史・文化」では、そんなこの地に刻まれた物語や、今も受け継がれる伝統、まちの中に息づく文化のかたちを紐解いていきます。
過去と現在がやわらかにつながる八王子の魅力に、ふれてみてください。

「八王子神社」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

八王子市の名前の由来

「八王子」という地名は、全国に分布しています。それは、牛頭天王(ごずてんのう)と8人の王子(八王子)をまつる信仰の広がりの中で、八王子神社や八王子権現社(ごんげんしゃ)が建立され、地域の信仰を集め始めるとともに、地名として定着していったからです。八王子の起源もここにあります。今、八王子城にある八王子神社がそれです。

「八王子車人形」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

八王子車人形

人形の足の踵につけられたカカリを足の指で挟み、右手で人形の右手と人形の左手につけられた輪状の紐、左手で人形の左手と首、さらに指で目・口・眉まで動かします。人形が舞台に直接足をつけて演技が出来るため、独自の躍動感が生まれます。このような構造は世界でも類がないといわれています。
令和4年(2022)に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

「八王子織物ネクタイ」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

八王子織物の歴史

「桑都(そうと)」とは八王子を指す美称です。古くから養蚕(ようさん)や織物が盛んであったことを表しています。では「八王子織物」とはいつ頃からあったのでしょうか。
八王子は関東山地と武蔵野台地の境に位置し、山がちで耕作地が少なかったため、養蚕や機(はた)織りは、古くから農家の大切な仕事でした。八王子織物の起源は、滝山城下の市(いち)で取引きされたころだといわれています。

「東京こけし」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

東京こけし

八王子市で生まれた「東京こけし」
「東京こけし」を製造しているのは、東京都八王子市元横山町にある「大蔵木工所」。
現在5代目のご主人・大蔵國宣(くにのぶ)さんは生まれも育ちも八王子ですが、もともとは長野県木曽で3代に渡って営まれ、父である先代が上京したことから八王子に拠点を移したそうです。

「髙尾山薬王院御護摩祈祷」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

髙尾山薬王院御護摩祈祷

高尾山の御護摩修行は、御本尊飯縄大権現の「身・言葉・心」の神秘的な働き(三密)を、われわれの「身・言葉・心」と一致させ、人間の煩悩を表わす薪に大導師が点火して、そこに生ずる智慧の浄火で、あらゆる煩悩を焼き清めるためにおこなわれます。

「絹の道(浜街道)(日本遺産構成文化財)」©Hachioji City (licensed underCC BY 4.0)

世界とつながった絹の道

八王子から横浜へ、そして世界へ、生糸を運ぶ道としてにぎわった絹の道。横浜に居留した西洋の人々がこの道を通り、西洋の文化も運びました。絹の道を通じて世界とつながった八王子の人々の生活がどのように変化していったのか、を垣間見ることができます。